
「ただいまー」
授業が終わると祐一はまっすぐ家に向かって帰って来るようにな
っていた。
何故なら家には真琴が待っているからだ。この春、帰ってきた真
琴。身体はちびっこだったが、そんな事は関係無かった。
真琴は真琴なのだ。
「真琴ー。寝てるのかー?」
起きている時はドアが開く音と同時に階段を転がり落ちて来る真
琴なのである。最近になって漸く慣れてきたとはいえ、やはり留守
番は苦手らしい。
靴を脱ぎ捨てて祐一は階段を駆け上がった。
「あんまり昼間寝ると今度は夜寝られなくなるからなー」
そう呟きながら、祐一は真琴の部屋をノックした。
「入るぞー」
そう言いながら既に部屋の中に入っている祐一。
真琴は予想通りタオルケットに包まって丸くなっていた。
「ほれ、真琴。帰ってきたぞー」
祐一は真琴の体をゆさゆさ揺する。そこで気付いた。
ぐったりしている。
「真琴……??」
祐一はタオルケットを引き剥がして、真琴を抱いた。
熱い。すごい熱だ。
「真琴っっ!!」
「…………」
思わず激しく揺さぶると真琴はうっすらと目を開けた。視線をさ
迷わせる。
「真琴!」
「……祐一ぃ」
真琴はか細い声で返事をする。その苦しそうな表情は……。
祐一の記憶が蘇って来る。
その表情は、以前、真琴が人間では無くなりはじめた時と同じだ
った。
そして、真琴がいなくなってしまったあの時を祐一は思い出す。
うそだろ!?
祐一は目の前が真っ暗になった。
戻って来たのに……戻って来たのにまた別れなきゃいけないの
か!?
「真琴、大丈夫だ。しっかりしろよ!」
「あぅ……」
真琴は弱弱しく、しかしキチンと頷いた。大丈夫だ。こいつがこ
のまま消えてしまうわけがない。これからなんだ。俺達の生活は。
祐一は立ちあがった。
「水枕と氷を用意して来る。大丈夫だ、明日には熱はきっと下がっ
てる」
祐一は自分に言い聞かせる様にして真琴の部屋を出た。
名雪や秋子さんも家に戻って来ると真琴の変調に驚いた。祐一に
は予想外だったが、『誰が真琴の世話をするか』が問題となった。祐
一は自分一人で真琴の面倒を見る主張したが、二人とも頑として聞
き入れようとしなかったのだ。
「真琴は“私達の”家族のなのよ」
結局、秋子さんのその一言が決め手となって分担して真琴の世話
をする事になった。
真琴の容態に窮した祐一はその夜、美汐に電話をかけて尋ねてみ
たが、頼みの綱だった彼女も首を傾げるだけだった。暫く考えた後
に彼女は話し出した。
「……今まで妖狐がまた戻って来たという話自体が聞いた事があり
ませんから、何とも言えませんが、今回の高熱も前回の様に消える
前兆かもしれません。恐らく、そう考えるのが自然でしょう。……
ただ」
これは変な期待を持たせてしまうだけかもしれませんが、と美汐
は前置きをしてから言葉を続けた。
「高熱は彼らの身体に著しい変化が起きる時に現れる余波のような
ものです。だからもしかすると……」
「もしかすると?」
美汐は暫く沈黙した後、言葉を続けた。
「……もしかするとあの子が人間として完全に定着しようとしてい
るのかもしれません」
美汐自身は信じていない様だった。恐らく、助かって欲しいと言
う思いが都合の良い様に考えているに過ぎないと思っているのだろ
う。
だが、祐一は逆にその説の方を信じた。名雪や秋子さんにその事
を話すと、きっとそうに違いないと大きく頷いた。
真琴がまたいなくなるなんて事が起こるわけがない。
三人ともそう思っていたのだった。
しかし、真琴の熱は下がらなかった。もしかすると普通の風邪か
もしれないと思い、三人で病院へも連れていったが、薬を与えても
一向に熱は下がらない。
「おい、真琴」
「…………」
うっすらと焦点が合っていない目で真琴は祐一の方を見た。
「頑張れ。俺達がついてるから。な?」
「…………」
真琴は微かに頷いた。その様子は痛々しく見ていられない。今や
真琴の衰弱は目に見える形で始まっていた。このまま熱が下がらな
ければ真琴の身体がもたない。水枕や氷で冷やすと言っても限界が
ある。
三日目の深夜、祐一は真琴の汗を吹いてやっていた。その横では、
名雪と秋子さんが仮眠を取っている。暗い中でも二人がやつれてい
るのが一目でわかった。勿論、自分も同じような顔つきになってる
に違いない。
祐一は真琴の頭を撫でながら話しかけた。
「真琴……頼むから良くなってくれ」
みんなこんなに心配してるんだ。秋子さんなんかお前が倒れてか
ら一度も御飯食べてないんだぞ。勿論、秋子さんは隠してるけど…
…。
「…………」
気がつくと真琴がうっすらと目を開けて祐一を見ていた。
「お。真琴、調子はどうだ?」
「……少し……良く、なった……」
「そうか。それなら大丈夫だ。すぐに熱も下がる」
今までこれほど自分の言葉が虚ろに聞こえた事は無かった。
良くなってるわけが無いじゃないか。
真琴が気を使っているだけだ。祐一はやり場の無い怒りに身体が
震えた。
「あぅ。……祐一……」
「なんだ、どうした?」
「……今まで、ありがと……」
真琴はそういうと小さく笑った。
一瞬絶句した祐一だったが、すぐに口元に笑みを浮かべる。
「急に何言ってんだ。家族だろ。当たり前だろ」
「うん……本当にありがと……ね……」
その瞬間、真琴の身体輝き、そして部屋にその光が広がった。
「真琴!?」
祐一は真琴を抱き寄せる。
「おい!真琴!!」
「…………」
真琴からは何の返事も無かった。
うそだろ!?消えるのか!?真琴!!
祐一は心の中で吼えた。
俺はお前と暮らしたいんだ!!
名雪も、秋子さんも、美汐や他のみんなだって、お前を待ってる
んだ!!!
またいなくなるなんて、そんな事絶対に認めねえぞ!!!
俺は……。
俺はお前が……!!!
「!!!」
次の瞬間、光は真琴の身体に収束した。
「……真琴!!」
慌てて祐一は真琴を強く抱いた。
「……あぅ……」
祐一は胸をなでおろした。
良かった、真琴はまだいる。良かった……。
そして、真琴が再び目を開いた。
「あれ?」
そこで漸く気付いた。ちびっこだったはずの真琴が……。
「あれ?祐一??あれ?」
……一気に成長していた。
『高熱は彼らの身体に著しい変化が起きる時に現れる余波のような
ものです』
美汐は真実を突いていたのだ。真琴は以前の状態に戻ろうとして
いたのだろう。急激な体型の変化が今回の高熱の原因に違いない。
いや、そんな事はどうでも良い。
真琴が良くなっただけで、それで十分なのだ。
しかし……。
「名雪〜、これ胸きっついよ」
「うー……」
以前は、名雪と殆ど同じ位のサイズだったのだが……。祐一が見
るに、真琴は舞並みのグラマラスボディーを手に入れたようだ。
「真琴には別に新しい下着が必要みたいね」
「うん!!」
「うー……」
その後、名雪は補正&矯正下着を買い漁っていたという。
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